YJ文庫『駄目なひと#3』

  窓口で面倒臭いお客さんを担当してしまうことがある。丁寧に対応してようやく帰ったと思ったらその日はそんなお客さんばかり担当してしまうなんて事がたまにあり、ハズレくじを引いてばっかの筈なのに『当たり日』なんて呼ばれている。

  週明けの月曜日、私はガッツリ当たり日になってしまった。朝から、処理に時間がかかり過ぎるとか、カードの再発行になぜ手数料がかかるのかと文句を言ってくる人だとか、自分で招いた本人確認の書類の不備に愚痴を言ってきたり、印鑑の相違があったので告げると私はこれしか持ってないと言い張るオバサンだったり、家でひとりで寂しいのだろうか老人の長話しに付き合わされたりして、果ては前に粗品でもらったサランラップがすぐに切れて使いづらいなどというクレームをする人まで出てきた。午前中で悪い流れが終わればいいと思ったのに午後も続き、お昼休憩前にはあった同情の視線もなくなり里中に「ここまでくるとウケますね」と言われて、イタズラっぽく笑う里中のお尻をむぎゅっと掴んだ。軽く矯声をあげ小走りで胸を揺らしながら去っていくその一連を、遠くでしっかりと課長が助平そうな顔で見ていた。心のハアハアが聞こえてきそうな顔だった。なんだか一気に気が抜けてヘトヘトになりつつも時間的に最後のお客さんを受け付ける。

  少し太った男が窓口までやってきて座った時、油の匂いがプンと鼻をついた。男は黒いシャツとズボンに赤い前掛け姿で黒いバンダナをしていた。大手チェーンの居酒屋の制服だった。バンダナから少しハミ出た縮れ毛が陰毛に見えた。男は「両替をお願いします」と一万円札5枚とメモ用紙を出してきて、どの硬貨の棒金がどれくらい必要なのか書いてあった。そんなことよりも、札とメモ用紙を差し出してきた男の指が、ささくれだっていたりあかぎれていたりして、異常に短く太いので樹木みたいだった。かしこまりましたと笑顔で接客し、両替して窓口に戻り、これくらいの両替ならば両替機でも出来ますよと告げようとしたら「あの、あ、橘さんですよね?」と男は言ってきた。

  私は言葉の意味がわからず少し固まって、あれ、今日の感じからしてまたハズレ客かなと思い硬い声で「はい」と返事をしてはじめてまじまじと男の顔を見た。
  顔面の面積が凄く大きかった。身長はそんなに高くなかったはずで、こんなに大きいと身長が190㎝くらいあってはじめてバランスがとれるくらいに顔が大きかった。目や鼻などのパーツもいちいち大きくて、それぞれクッキリとしているのに集まるとやはりバランスが悪かった。眉毛が凄く太くて明太子くらいある。大きな目の端に、邪魔じゃないのかなと心配になるくらい目ヤニがたまっていた。男は立ち上がると「あ、ああ、やっぱりそうだった」と少し嬉しそうに言う。

  誰だろうか。こんなにインパクトのある顔を中々忘れなさそうだけど。男の制服の胸のところにネームプレートがあって『黒木屋武蔵小杉店。店長まつざか』と書いてあった。まつざか。松坂、かな。わからない。誰だろうか。誰だコイツ。私にしては珍しく感情がそのまま表情に出てしまっていたのか、男は「あ、あ、覚えてないかな。あのー、あれ、その、大学でゼミが一緒だった松坂です」と言った。私は、あ、そうなんだと思ったけれど、そう言われても全然思い出せなかった。