YJ文庫『駄目なひと#4』

  別にどうでもよかったのだけど、あんなに面白い見た目の人を忘れるなんて記憶に自信がもてなくなり、夜お風呂に入っている時に久しぶりに大学の時の友人であるハニャコに電話してみた。

  ハニャコとはもちろんあだ名で彼女にはタカコというちゃんとした名前がある。タカコはもともと真面目一徹みたいな性格で、冗句も言わないし人とズレたことをするのが嫌いだった。同級生や下級生にも敬語を使うような礼儀正しさがあり、何をするにも一旦人の意見を聞いて自分で考えてから結局人の言いなりに行動するのでタイムラグが酷く、ひとりだけ回線が重いので結局、人とズレたことを言ってしまったり、してしまったりする娘だった。あまり友人もいない様子で暗かった。だからという訳でもないかもしれないけれど、タカコの就職活動は上手くいかなかった。どんどん様子がおかしくなっていき79社めに落ちた時に完全にバグった。彼女はそこから思ったことをそのまま口に出すようになり、すると物凄い口が悪かった。何でもハッチャけるタカコ。略してハチャコの誕生である。ゼミが一緒だったから知り合いではあったもののそこまで仲は良くなくて、ハチャコになってから仲良くなれた。

  しばらくすると、タカコが異常に遅い喋り方だったのは山形弁の訛りを隠していたのが原因だということがわかった。じゃあ山形弁でいいから普通に話してみてよというと喋るは喋る。しかも早口だし何て言ってるかわからなくって、でも語尾にやたらとニャーとかニャとかついてニャーニャーうるせぇなとなり、ハチャコからハニャコに進化したのである。そして理由は全く不明だが、急に蘭の栽培をするんだと言い始めて大学を中退し種子島に渡った。島の民宿で住み込みのアルバイトをはじめたけれどそこで食べたソーセージに感銘をうけ今度はソーセージの本場ドイツに。ドイツには一年半くらいいたと思う。日本に帰ってきた時に一度飲んだ。なんとドイツで人生初めての彼氏ができるものの、彼はアルコール依存症で、詳しくは知らないけれどドイツには麻薬に近いビールがあるらしく彼はそれを愛飲していたそうだ。そんな奴のどこがいいのと聞くと「私の身体中に蟻が這っているらしくて、それをやさしく払ってくれるの」と言っていてスゲー笑った。内容もさることながら海外での生活がハニャコに完璧な標準語を身につけさせていた。けどそこから少し疎遠に。噂では、現在は日本に帰ってきていて名古屋でSМの女王様をしているらしい。なぜだ。凄い人生だ。まぁそんなハニャコに、私は松坂くんのことを聞いた。

  ハニャコは「あー、そんな人もいたかもなあ」と言ったけどうろ覚えの感じだった。パソコンにゼミの飲み会の時の写真があるというので送ってもらうと、確かにそこに松坂くんはいた。集合写真の隅っこで、なぜかおしんこを見せつけるようにして写っている。しかし現在の松坂くんとは随分印象が違くって今よりもパンパンに太っているし、髪形が角刈りだった。西郷隆盛みたいだった。カメラ目線じゃなくて少し左に視線を外しているところも西郷隆盛感が凄い。今日はバンダナをしていたけど後ろから束ねた縮れ毛が見えていたので相当長いと思う。アフロヘヤーというかそんな感じだと思う。というか髪が短かかろうがそこに写っている誰よりも顔面が大きく下手くそな合成のようだった。

  私は『当たり日』の疲れとストレスがぶっ飛ぶくらいその写真を見て笑った。ハニャコもなんだこの写真と大笑い。ありがとうと礼を言い電話を切ろうとしたら「今度お芝居に出るから見に来てよ」と言われた。今は東京で舞台女優をやっているらしい。激動かよ。私もハニャコも松坂くんを忘れてしまっていたけど、見た目はそんなにかわってないのに今のハニャコを見てかつてのタカコだとわかる人も相当いないだろうな。と思ったとき、この写真の頃と見た目も中身も変わらない自分が何だかつまらない人間に思えた。