八戸探訪日記。その4~黄金体験~

本番は18時スタートで、一回20分程の公演で一時間に一度やり、計三回やる。

午前中にゲネをやり、ゲネにはイベンターなどスタッフの方々や、前日親交を深めた他のパフォーマーの方々が客席に座りそこではじめて最初から最後までやってみたけれど、これが大変上手く決まり盛り上がった。しかし練習でこんなに上手くいくと逆に不安になるのがお笑いの人のSAGAである。本番はこんなに上手くいくことはないだろうと、逆の逆に気を引き締める。

練習が上手くいかなかったら普通、気を引き締めるだろう。しかしそうするとミスをした所が気になってそれ以外の箇所でミスを多発したりするので逆にリラックスを心掛けるけれど今日は練習上手くいった。
ならばそのままでいいじゃん。などと思うかもしれないけれどそのまま弛緩していると、本番が思っていたより上手くいかないと逆に焦り、ドツボに嵌まる。なので逆に気を引き締めるのである。という意味の「逆の逆に気を引き締める」なのである。説明すると長ッ。

 


さ、そして18時になり本番を迎える。


見ていない方にCHARA DEがどんな公演をしたのか軽く説明しておくと、ひとつのバーの中でお話が3つ同時進行していく。


カウンターではマスターが酔っ払った女性客の愚痴を聞いている。手前のテーブル席に座るカップルは何やら彼女が彼氏の浮気を疑っているようだ。そして奥のソファの席では仕事のことで叱る上司と言い訳ばかりの部下。この3つのお話がクロストークになってしまい聞き取れない事を慮ることなく同時にガンガン進行していく。お客さんは座った席によって、ひとつの話しか聞けないだろう。
しかも聞き耳を立てていると演者から「何見てんすか?」等と叱責されたり、逆に「これについてどう思います?」等とコントに引き込まれたりする。あくまでもバーの中で行われる『なんか気になる隣の会話』なのだ。しかし、やがてその3つには思わぬ共通点があり、最終的にはお客さんも巻き込んで全員が演者となり大団円?大団円ではないがオチを迎える、といった内容である。

なので、お客さん次第で会話の大部分が変わってくる。

果たして、どんなお客さんが来るのか?

 

一番最初に来店したのは、こんなイベントが行われているのを知らないで来た感じのただこの店の常連客のおじいちゃんで、僕のテーブルの近くに座りあっちゃあ。僕は少しく不安に。
まあ最初だからお客さんは少なめだが、まだらなりにも店の全体にお客さんが散り、座り、初演が始まった。

そして、あっという間にコントが終わる。6人の合同コントで15分~20分ならあっという間だ。結構盛り上がった。なかなか良かった。前説のたなしゅうが少し調子に乗り長かったくらいが反省点か。

次回の上演まで少し時間が空くので、公演と公演の合間に街の至るところで行われている他のパフォーマーの方々を見学する。
路上ではフランス在住のダンスグループがゲリラ的にそこにある物達と踊り、ドラァグクイーンの方の素晴らしいショーに感動したり、廃ビルの4階で独り芝居をしていたり、外、駐車場の壁際に描かれた絵の前では白い面をつけた地元八戸で人気をはくすダンスグループを見た。


さらに、この他のパフォーマーの方達も僕らの公演が行われるBARダンディにやってくる。コラボしたりもする。焦りもするが、非常に楽しい。お客さんも回を増すごとに増え各所でお酒も入り段々とノリノリに。
結果この日の3公演は大成功だったのでないだろうか。
たなしゅうの前説は回を増すごとに長くなり、違う、そうじゃない、前説とはそういうことをやる場じゃない。前説の本質がわかってない。ヒルナンデスで培ったやさしい雨の前説を一度見せてやりたい。と思ったのと、客席が沸くと、こう、かかるというか、ダメな意味で前のめり。みたいな感じになるたなしゅうは三度目の公演の後には、久々にしっかりと偉そうに後輩を説教した。くらいなもんで全体的には成功と言っていいし、楽しかった。黄金体験だと思った。


関係ないけれど、人を弄ったりしなさそうな高畑君も1日、2日と一緒に生活すると流石にたなしゅうのポンコツ具合を弄り笑いにかえていた。年の離れた大分後輩に存分にフォローされるたなしゅう。そして、それを聞いてなかったりするたなしゅう。高畑君が賢いのはそんな習性を見抜き、弄っても不毛なだけなので、以降あまり弄らなくなった所だ。非常に賢い。出来る男だ。

 


そして、一旦宿舎に戻り今夜はどこで飲もうか?という話になる。

去年行って、長谷川さんもたなしゅうも大変素晴らしかったと何度も言っていた『章(あきら)』という店に僕はずっと行きたかった。
前日も行こうとしていたのだけど、席がパンパンで入れず他の店に行ったのだ。この日は、世界的に見ても過去最強クラスの台風が日本に近づいていたので、まだ早いけれど雨も少しく降り始めお客も疎らで、入ることが出来た。

 


結論から言うと、章での食事は黄金体験となる。


章は通りと通りを結ぶ細めの通りにある、こじんまりとした一軒家だ。一階部分は調理場とカウンターに、少ないテーブル席。細くて急な階段を登り二階に行くと、そこは座敷席で、天井が低いその部屋には畳の上に茶色いテーブルと座布団が敷いてあり、実家に帰って来たような安心感がある。


注文をとりに座敷担当の女性がやってきた。

僕の人生の中であんな素敵な女性を見たことがなかった。

年の頃は30後半~40台半ばだろうか。ジーパンにTシャツにエプロンという何の飾り気もない格好をしているが、スラッとしていて様になっているし何より顔立ちが美しい。言葉使いが特別丁寧という訳でもないし笑顔を振りまく訳でもないのに、愛想の良さが半端ない。謎だ。やはり洗練されてきたものだろうか。そして微かに色気を伺える。この『微かに』がポイントだ。飲食店では。
若いときエグいモテ方してそうだった。しかもそれも単なるルックスの良さで男達が群がる訳ではなく、内面の輝きから男達は群がってくるといった様なモテ方だろうなと思わせてくれる。町で嫁にしたいあの娘No.1だっただろう。しかも接しやすい。スカした態度でも良いルックスなのに。美醜とは人間の多面性であったり精神的だったり肉体的だったりいわば生命の活動、煌めきの多寡をさすのだ。と当たり前の事を当たり前に言える人間がこの世に何人いるだろうか。彼女はそんなこと一言も言ってない。生4つとレモンサワー4つの注文を承っただけだ。けれど俺はそこまで感じるものがあった。しかも恋人の前ではデレデレしそうだ。男の馬鹿らしい無茶な要求も、何でそんなことしなきゃいけないのーと怒りながらもやってくれそうだ。最高かよ。僕がこの町の人間なら絶対通いつめる。というかもう結婚してんだろうけど、会えるだけでいいというか、そんなイキフンの女性で、なーんだ単なる女神か。と僕はため息をついた。

 

僕が皆に「今の人、めちゃくちゃ感じ良くない?」と言うと全員が肯首しきりで、なんと全員がビンビンに感じていた。

 

女神が飲み物を運んできてくれて乾杯すると「何が食べたいの?」と聞いてきた。この店にはメニュウがない。なので客が食べたいものを提供してくれるのだ。八戸の名物はイカ、サバ、馬刺し、せんべい汁などあって、僕は一にも二にも馬刺しが食べたかった。というか馬刺しのみでもいいくらいだ。僕は常日頃から頭のどこかで馬刺しを食みたいと思っているくらい馬刺しが好きなのだ。あとこの人も好きだ。あ、人じゃない女神か。この人を奉る宗教があったら入りたいくらいだ。


まあ直裁に馬刺しが食べたいです。と言えばいいものの、急にやってきた女神との貴重なトークの機会に僕がもじもじして中々言い出せないでいると、横の小娘パティシエがアイドルの握手会の剥がしくらいの無慈悲さで「イカイカッ刺し!刺し!イカ刺し刺し!」みたいなアホな子みたいな事を叫びだして、両手に箸を一本づつもってテーブルをトントン叩きかねない勢いだった。
僕はコイツと仲間だと思われるのが恥ずかしくなって小娘に背を向け女神から小娘を見えない様なポジションをとると、女神とまざまざと向き合ってしまい赤面。

さらにもじもじしていると、奥から長谷川さんが「刺し盛り下さい!」みたいな事を言ってる。オイオイ馬鹿かよッ!海鮮は朝市場で食べただろうがッ!なんでまた海鮮なんだよッ!疲れと達成感からか、長谷川さんはなんか全体的にいつもよりゆったりと弛緩していて元からサッカーの元日本代表の宇佐美にそっくりなのに、その時は完全に宇佐美そのもので、つか本人ご登場しちゃってんじゃん。くらいのクオリティで、いいからお前は刺し盛りなんて頼んでないでサッカーやってろよ!と思った。

いやいや!とにかく馬刺しよ馬刺し!と言いたいけれどもじもじしてたら、感性というものを一切排除した世界の住人でありただ質より量。生命活動が維持出来れば何でもいいです。って感じの土塊の怪物が「バサシ…バ…サシ」とか言い始めて馬刺しの有り難みが半減。uiちゃんもすかさず「肉だ!肉だ!肉を食わせろい!魚より肉なんだい!」とかいう感じの何なら馬じゃなくてもいいのか?と先方に思わせてしまうような山賊の大男みたいな口ぶりで、高畑君はそんなアホども見て高みから嫌味なくニコニコしているだけで何も言わず、何か発言しても「いいですねえ。いいですねえ。善きに計らえ。いいですねえ」しか言わず、お前はシッダールタかよ!と突っ込みそうになった。

 

すると女神が「先に予算言ってくれると決めやすい」と生産性合理性に富みかつ安心感を存分に与えてくれる神の一手を披露してくれた。

 

僕らは潤沢ではない資金なので、卑屈な感じで「ヘヘ4000円すかぁねぃ…あ、やっぱ3000円…ヘヘ…さあせん、さあせん」と小声で言うと「それだと馬刺しか刺し盛りどっちかになっちゃうなあ」と言われた。

そしたら断然馬刺しだろ。しかし宇佐美が本家さながらの頑固さで「や、刺し盛りは食べたい 」と譲らないので、僕は仕方ない、鉄拳制裁。殴って黙らすしかないと思い腰を浮かせると女神が「なら、半分づつくらいのサイズになるけど両方だそうか?」と言ってくれた。
マジですか!と喜んでいると「ハハ。仕方ないね。ッンともう。男の子なんだから」と微笑み階段を降りていった。まあそんな事は言ってないんだけど。危うく求婚するところだった。


いいかい?読者諸君。半分のサイズと言ったのに馬刺しはとんでもない量出てきたし、刺し盛りは10種をひとりひと切れ食べれる程の鬼盛り。イカ刺しも出てきたし、サービスだよと言ってイカの塩辛(本当は終わっていて、ついさっき仕込んだばっかで味が染みてないのに、小娘が「塩辛!イカの塩辛食ーべーるーのー!」とトトロのメイばりに駄々をこね女神が出してくれた)や、すじこを大量に。さらにすき焼きまで出てきて、〆で雑炊まで作ってくれて、ビールやサワーおかわりしてたし、日本酒もいってた。そんな酒代もこみこみでひとり4000円なのだ。綺羅星の如く弾ける善きに、それはつまり美味に量に質に値段にサービスに、僕は死ぬかと思った。実際酔いも手伝い涅槃は見えた。


俺が最高だよ、最高だよ頭を抱えながらぶつぶつ呟いていると女神は「こんなサービスこれっきりだよ!」と言い「とか言って、また来たらサービスしちゃうンでしょう~?」とか舐めた口を聞くと遂に破顔して「馬鹿ねえ」と言った。逝っちゃうよ僕。

 


はっちの門限が迫る中、慌ただしく帰る時、階段で見送る女神にすれ違い様に「好き」とだけ伝えれば良かった。伝えられなかった。それだけがこの旅唯一の後悔である。

 

 

とにもかくにも黄金体験だった。

 

しかし、浮かれる僕らは忘れていた。台風は確実に接近しつつあることを。

 


(つづく)