八戸探訪日記。その3~タオル事件~

僕なんかは1日の中でも風呂に入っている時間を最も大切にしている。僕の「風呂に入る」はちゃんと浴槽に湯を溜め肩まで浸かることだ。


さて、翌朝5時に起きる事になり皆が寝静まるとやることがなくなり寂しくてスネた。スネスネですよ。僕は完全に目が覚めていたけれど、やはり寝不足と疲れから横になれば一瞬で眠りに落ちた。

パッと目をさまし時刻を確認すると4時だった。流石の俺だ。起きると決めたら起きるのだ。浴室に向かうと僕はお湯を溜め、ゆっくり浸かると徐々に気力体力共に指の先まで満ち充ちて丁度5時。約束の時間である。


浴室のドアをバシッと開け、洗面所のドアもバシッと開ける。
部屋の中のスペースに各々好き勝手に布団をひいて寝ている。僕は「あった~らしいあっさがきた~ッッ」と叫ぶと一番端にいた、高畑君の掛け布団をガバッと剥ぐ。高畑君は「わあ」等と腑抜けた声をあげ目をパチクリさせていた。可愛いかった。次にたなしゅうの掛け布団も剥ぐ。グムウウとかハグウウなどと土塊の怪物らしく息を吐いていた。長谷川さんの布団を剥いだ時、何故か長谷川さんは笑っていた。困ったように、照れたように笑っていた。変な人だと思った。キモかった。
まあ確かにここまで来ると異変に気づき、もう布団の中で起きているのだろう。葵ちゃんの掛け布団も剥ごうとするが剥ぐ前からギャアギャア騒いでいた。
最後にuiちゃんの布団を剥ごうとすると尋常ならざる力で抵抗。これには魔王Jもたじたじ。まさかの反抗に手こずっていると、その隙に長谷川さんが掛け布団をまた掛け直し寝始めた。あわててそっちを剥ぎにいくと今度は葵ちゃんも掛け直し寝はじめたので、また剥ぐ。その勢いのままuiちゃんも剥ごうとすると、先ほどよりも強固な姿勢で掛け布団を掴み離さない。仕方ないので、腕を引き千切るか捻切ろうとしたらまた長谷川さんや葵ちゃんが布団を掛け直しはじめて場はもぐら叩きの様相を呈してきた。
コラコラーッ!皆も高畑君やたなしゅうのように早々に諦めて身支度を開始しなさいよ。そうして欲しいよ。と思ってたなしゅうを見やると、もう布団もかけずに寝はじめていて慌てて身体を揺り起こす。僕があまりにもしつこいのと、他部屋の方々への配慮も忘れた大声を出すのでようやくアホどもは諦めて身支度を始めた。全く手のかかるアホどもだ。
しかし、その中でも極度に眠いのか朝が弱いのかuiちゃんはいつまでもぐずぐすして起きず、何で起きなきゃいけないのか?何をしにいくのか?港には用はない。お腹減ってない。みんなで行ってくればいい。などとぐずついている。すると本当は自分が面倒臭くて行きたくないだけのたなしゅうも、それに便乗して行かない等と言い出してコイツはッもうッ !
何しろ俺は腹が減っていたし、美味い海鮮が食べたい。朝の港の市場は楽しい美味しい安いだ。絶対に行きたい。
そこでuiちゃんに、行かないとたなしゅうと二人で留守番だぞと脅迫でも何でもなく事実のみを伝えると秒で前言を撤回。身支度を始めた。たなしゅうも独りになるくらいならいきますみたいな意味合いの「ウバババァァァアッッ」という叫び声をあげ身支度を始めた。孤独な怪物め。

 

そんなこんなで、はっちを出たのは6時を過ぎていた。葵ちゃん調べによるとはっちの前の道をまっすぐ進むと港だと言う。一本道だ。だいたい3㎞だという。楽勝だ。誰かがタクシーを拾おうなどと貴族みたいな事を宣っていたが、たかが3㎞だ。朝の散歩に丁度いいし、走れば10分くらいの距離。僕らは歩いて市場に向かった。

 

が、すぐに全員が後悔した。歩けども歩けども着かない。全然着かない。30分くらい歩いても着かない。なんじゃあ?道を間違えたのか?Google様に尋ねても間違ってない。皆に諦めムードが漂いはじめた頃に残りの距離を調べるとあと2㎞という。ビビった。行程を1/3ほどしか消化していない。引き下がるなら今だ。しかし、このまま引き下がるには皆少々腹が減りはじめていた。

ここからは修行僧の如き険しき顔で一歩、また一歩と歩みを進めていく。まるで人生行路。朝からこんなに追い込まれるとは。

 

ヘトヘトになりながら市場に着く。港が近づくに連れ、おばあ達が路上で野菜などを並べお茶等を飲んでいる。さらに工芸品なのか織物のコースターは洒落ていたし可愛くて買おうかと思った。市場に到着したのは7時を少し過ぎたくらいだった。7時は港だともう後発部隊なのか空いていた。


俺は度肝を抜かれた。魚達の安さにッ!中トロの切り身なんかこれ東京で買ったら千円越えるだろみたいな奴も500円。東京の居酒屋ならこれまた1000円越えるだろって大きな鯖の塩焼きも480円。ウニ300円。水ダコ刺身300円…etc。ご飯を100円で購入し、もずくの味噌汁なども購入し、各々が好き勝手に買ってきた海の幸をテーブルに並べていく。貴族だった。単なる庶民の朝飯なのにそこには、どこからどうみても貴族の晩餐があった。東京の店で食べたら一人4000円越えそうな贅も一人1000円ちょっとで食いきれない程に揃い、かつ美味。ひと口ごとに幸せを噛み締めていく。


僕は沢山の料理がテーブルいっぱいに広がっていて、それをちょっとずつ食べるのが好きだ。しかし、皆がひとり2、3品買ってくるとそれはそれは大変な量になり、ちょびっとづつ食べても、というかちょびっとつ食べるからなのか、すぐにお腹が一杯になってしまった。お腹がいっぱいになってからも食べ続けたけれど、もう限界!と皆がなっても、まだテーブルには大変な量の海鮮があったのだ。

調子に乗り過ぎた。本当に心苦しいが残して帰りたい。するとほんの軽い冗句のつもりで一番身体の大きい土塊の怪物ことたなしゅうに、残り全部食べてよと言うとバルバルバルと返事をして平気な顔で次々に平らげていく。
これにはメンバー全員が度肝を抜かれた。圧倒的質量を体内に収めていく。たなしゅうの体積よりもたなしゅうの身体の中に入っていった。

皆が唖然として、それぞれがカッケェと呟いていた。

男には、その男のパワーを表す指標の中に経済力や喧嘩が強いか、勉強が出来るのかはたまた脚が速いのか。等の指標と同列に、大食いである。というものがある。単純に大食いなのは格好いいのだ。
皆が口々に讃えると、たなしゅうから「俺の胃袋は宇宙だ!」発言も飛び出し大盛り上がり。まさか草薙剛主演、野島伸司脚本の名ドラマ『フードファイター』の決め台詞がここで聞けるとは!!

彼はこの日の昼にもつけ麺の特盛、四玉相当をペロリと平らげて拍手喝采をさらった。

 

 

 

話を戻し、市場からの帰りは電車で帰って来た。

 


ここで事件が起きるのである。

 


部屋に帰ってくると何か臭いのだ。実に臭い。部屋が臭い。異臭騒ぎである。
最初は前日の酒盛りでツマミとしてあった鮭とばやさきイカの臭いが部屋に充満しているのかと思い片付けて、換気をするも騒ぎは収まらず、一体原因は何なのか?と謎が迷宮入りしかけた瞬間、葵ちゃんが「吉本さんのタオルが臭い」と言い始めた。
僕は風呂に入ったあと使ったタオルを絞り洗面所の棒にかけて乾かしていたのだけれど、それが生渇きというかなんというか、堪らなく臭い!と言うのだ。俺は思ったね。なんてデリカシーのない小娘だッ!と。恐ろしい娘…と絶句。頬を膨らませてプンプンしていると、他のみんなもそうだ、そうに違いない、と賛同し、終いには前から臭かった!等と言い出して、俺も自分で自分のタオルの匂いを嗅ぐと確かに臭かった。負けた。
するとこれ以降、吉本のタオル臭い弄りが始まった。

特に女ふたりが酷かった。普段俺から迫害されているので、鬼の首をとったようにもうしつッこく、しつッこく臭ぇ!臭ぇ!を連呼。洗面所に用がないのに、臭ぇ!と言いたいが為に洗面所まで行って臭ぇ!!と叫ぶ始末。俺は顔を真っ赤にしてぶるぶる震えながらタオルをゴミ箱に捨てた。しかし。事件は続く。


次のタオルを使ってもまた臭かったのだ。ヤバい。いや、何なら意識してるから臭いと感じるだけで2枚目はそんなに臭くなかった。しかし、すかさず葵ちゃんが「これは生乾きでタオルが臭くなってるんじゃない!吉本が臭いんだ!」とトンでもない事を言い出した。確かに吉本と呼び捨てにした。聞き逃さなかった。するとuiちゃんは名探偵みたいな小芝居を始め「今日、皆さんに集まってもらったのは他でもありません。この中に臭い人がいます!それは…お前だ!」と俺を指差し、それをやられた俺は「俺だ俺だ俺だ俺だ俺だー!」とタカ&トシのタカさんの往年のギャグをやらないといけなくなり、ゲラゲラと笑い者にされるのである。


言っておくがこの地獄の様な下りで笑っているのは女たちのみだ。男たちは気の毒そうに俺を見て見ないふりをしている。
そして果ては、俺が少し臭い台詞、例えばコント本番前に「みんなで力を合わせて頑張りましょう!」とか言うと、すかさず「臭いのはお前だ!」「俺だ俺だ俺だ俺だ俺だー!」となってしまい辟易。


いつだか忘れたが、葵ちゃんが流石に弄り過ぎたと思ったのか急に「まあ、吉本さんは臭いし、それに、優しい」などと訳のわからない初めて聞く日本語の形容詞で俺をフォローしはじめた。uiちゃんはそれを聞いてゲラゲラ笑っている。
改めて考えると「臭いし優しい」って何?は?

「優しいけど臭い」とか「臭いけど優しい」は分かる。

前者は優しいというプラスの部分があるにも関わらず臭さで台無しというニュアンスがあるし、後者は臭いという明確なデメリットがあるけどもそれを補ってあまりある優しさがあるから見逃してやるか。というニュアンスがある。


しかし「臭いし優しい」はそのどちらでもない。
まず『臭い』と『優しい』は何というか言葉のランクとして同じ位置にいない。
臭いは明確に罵り言葉であるし、優しいは褒め言葉である。しかしこの「臭いし優しい」はこの2つの言葉のランクを同列に語ることで、後に続く『優しい』までもが『臭い』のランクまで下がってきて、俺の優しい部分までも嘲笑の対象とする形容詞なのである!つまり弄っているのである!

新しい形容詞「臭いし優しい」は俺もツボに嵌まって笑ってしまい、それが悪循環を呼び、何か俺が粗相をすると「まあでも臭いし優しいからな」とか言い始めた。

 

他のみんなは見て見ぬふりである。

なぜなら庇いでもしたら、いつこの極悪女ふたりに標的にされるかわからないからである。

本当に恐ろしいな、と臭いし優しい吉本純は思ったのである。

 

こんな話はどうでもいい!

次はコント本番といい女の話。まだ2日めの夕。先は長いッ


(つづく)