怖いものの話

先日ライブ終わりで、手伝ってくれた後輩のたなしゅうと相方である松崎君と恵比寿のラーメン屋で美味い浅利の塩ラーメンを啜っている時に、松崎君が「去年一番笑った事」の話をしはじめた。

 


その現場には僕もいて確かに記憶に残っている。


それはとあるライブの楽屋での出来事だった。

楽屋の芸人達でお喋りしていて、話の流れでお化けの話かなんかになって、そこで僕が「怖いもの」の話をしたのだ。
相当の昔に何かの本で一度読んだだけなので記憶はあやふやだけれど、日本の子供に怖いものは何?とアンケートをとったところ

 

3位…ゴキブリ

 

2位…怒ったお母さん

 

1位…お化け

 

といったような結果が出たそうだ。そして同じアンケートを中東の内戦やテロなどが頻発する地域の子供に行ったところ

 

3位…地雷

 

2位…銃を持った大人

 

といった感じで、さすがに環境が違い過ぎるというか、怖いものが生々しいというか。そしてそんな地域の中東の子供が怖いものの第1位は何かというと、なんと『お化け』だったのだ。
怖いものの第1位は日本の子供とかわらず。僕はこの結果がおもしろくて何となく覚えていた。
この話をすると芸人達はみな、なるほどとかその結果は面白い、不思議だ、お化けは世界共通で怖いのか等とざわざわし、続いて自分が一番怖いものは何か?という話になった。
口々に怖いものが上がる。

地震だとか台風だとか死だとか病気、海とか夜とかお化けとか虫だとか、まあ別にボケる感じでもなくそれぞれが一番怖いものをあげ、なるほどとか相槌をうっていると、楽屋に錦鯉のまさのりさんが入ってきて、前後の会話は聞いてないけれども、怖いものの話をしているのはわかったらしく、自信満々の顔つきで「この世で一番怖いものでしょ?あるよ俺。これが一番怖いと思う」と言った。


知らない人の為に一応説明すると、まさのりさんという人はもう47歳のいい歳したおっさんで、飄々とした愛される馬鹿というか、能天気な感じというか、怖いものなど何もない感じの人なのだ。
楽屋の芸人達がまさのりさんに注目する。まさのりさんの怖いもの、確かに気になる。誰かが言った「まさのりさんの一番怖いものって何ですか?」するとまさのりさんは、そんな周囲の雰囲気を察知し、しっかりと間をとって言った。

 


「ん~…『慣れ』かな」

 


みんなの頭の上に?マークがポンポンと浮かぶのを僕は確かに見た。一瞬静寂に包まれる楽屋。その様子を見てまさのりさんは皆が感銘を受け言葉を失ったんだろうな、と思ってるんだろうな、というようなドヤ顔。全員が理解した。

 

コイツ本気で言ってやがるッ!!

 

次の瞬間楽屋が割れる様に芸人達は爆笑。
いやッ、確かにねッ!!『慣れ』は怖いよッ!?でも今そんな話をしてるんじゃないのよッ!!精神的なやつじゃなくて物理的なやつなのよッ!!

皆が笑っているのが納得出来ないのか必死に『慣れ』の怖さを説明するまさのりさん。
いや、わかってんのよ皆ッ!慣れの怖さはッ!そういうことじゃないのよッ!皆が笑ってるのはッ!説明すればするほど滑稽で、ひとつもボケていないのにずっと面白い。まさのりさんは根っからのボケなのだ。凄い人だ。

 

 

 

 

 

という話を、松崎君がラーメン屋でしていた。確かにあれは笑った。面白かった。引き続き僕やたなしゅうの去年一番笑った事の話になったけど、僕はずっと『慣れ』について考えていた。

 


恐ろしい。

『慣れ』は確かに恐ろしい。その残虐さが恐ろしい。その優しさが恐ろしい。慣れなきゃやってられないから。麻薬のようなものだ。良いことも悪いことも内包したニュアンスの果てに確りと、恐ろしいがある。それが『慣れ』だ。

僕も最近言ってみりゃ『慣れ』から失ったものがある。この喪失感にもやがて慣れ、日常になり、忘れていくのだろう。

それが今は堪らなく恐ろしい。


まあ、それにも慣れていくんだろうけど。