深まる謎。

僕が今の住居に住んで、もうすぐ三年になるというのに、未だに他の住人のことがよく分からない。


というのも、僕は風呂に入っている時に爆音で音楽をかける、または歌唱。深夜ふとギターをジャカジャカ鳴らしながら熱唱。たまに脈絡もなく思い出される過去の痴態に嫌ですねえッと咆哮。朝から晩をへて昼まで大音量でドラマを視聴するなど、放恣に生活音を出しているにもかかわらず一度も住民、管理会社、大家などから注意されたことがない。

契約書類には確か、当ビルじゃ楽器演奏はマジでダメですよー最悪出てってもらいますからね、ンもう!なんて書いてあったものだけど、嘘だったようだ。
というか、こちらとしても他の方の生活音が全く聞こえてこない。


じゃあ他に人住んでないんじゃないの?たぬきに化かされてるんじゃないの?目が覚めたら木の枝と葉っぱにくるまって眠っていて、そこはただの荒れ野だったんじゃないの?などとクレバーに推理する方もいるかもしれない。
確かに。杉並区にはたぬきがいる。野良でウロウロしている。僕も深夜路上で鉢合わせて互いにドキッとした経験もある。けれど、ちゃんとしたビルです。僕の他にも住民を見た事はあるので。

 

ざっと説明すると、当ビルは5階建てで御座い。まず一階が業務用のエアコンの販売所。二階がタイ古式アロママッサージ店。そして三階から住居となっていて各階2部屋しかない。つまり住人は301号室に住む僕を含めて6人いるはずなのだ。


しかし、5階の片方の部屋はもしかしたら住民はいないのかもしれない。

なぜ僕がそう推考するのかというと、僕のベランダは一年中っちゃ一年中なんだけど、特に、春先または秋の中頃に鳩に狙われる。
鳩がベランダに居を構えようと小枝をせっせと運んでくるのである。夫妻で。鳩夫妻の分まで家賃を払わせようとしてくる。その時期は鳩夫妻と壮絶な闘いが毎度繰り広げられるのだけれど、いつもギリギリのところで勝利をおさめてきた。だから僕は鳩山夫妻が嫌いなのだ。あ、間違えて山入っちゃった。まあいいか嫌いだし。
で、またぞろ、朝方などにポルポルほざいてやがるので、来たかッ!と臨戦態勢、鬼の形相で窓を開けるも、それはどうやら僕のベランダじゃなくて5階のベランダだったようだ。
先日、朝方コンビニにカップみそ汁野菜たっぷりを購買しに行った帰り、鳩が随意にベランダの柵のところを出入りしているのを外から目撃。5階の片部屋は陥落した。悪の巣窟と化し、悪魔をせっせと育成しているかもしれない。ここ最近ニュースを賑やかしていた阿佐ヶ谷周辺を放浪して、本日憐れな姿で発見されたミミズクもここにくれば助かったのに。いや、そんなことないか。実は僕は密かに、かのミミズクは鳩にやられたんじゃないかと思っている。いやヒエラルキー的にミミズクの方が鳩より上だろ、と思った方は鳩の事を1mmも理解しておられない。それくらい彼等は邪悪で、居を構えられそうになった人しか知らないだろうけど、彼等は居住を占領すると鳴きおめき、うわああああああああばばばばば、ぐあわああああああ、あ゛あ゛ババア゛アア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛などと、おっさんの亡霊の如き叫び声を始終あげ、此方の精神を瓦解させようと凶悪な調べを奏でるのである。僕も一度この調べにやられかけて、気付いたら裸で姿見に肛門を写しどの角度から見ればこの状態でイケメンに見えるかなあ~と小一時間考えるなど錯乱しかけた事がある。平日の真昼に。

 

ということで、5階にはひとりしか住んでいない。その住民もなんとなく解る。若い男の韓国人だ。彼は僕が引っ越してくる前から多分いて留学生かなんかだと思う。深夜によく恋人の韓国人とニダニダ言いながら階段を昇っていく。その声が深夜のビルの階段には響くのでまたニダニダ言ってるなとよく思う。
やはり国が違えば文化も違うのか、彼は隣の部屋が魔鳥に占拠されているというのに、全く意に介さず強靭な精神力を持って今日も元気にニダニダ言っている。凄い。尊敬する。しかし以前、階段でばったり合ったので、挨拶をすると無視された。鳩に頑張ってもらいたいものだ。

 

僕の真上、401号室は多分、女性だ。一年ほど前に、ビルの入り口にポストがあるのだけれど、僕のところにタオルがつっこんであって「引っ越しの挨拶に何度か伺ったのですがいつも不在なので、これどうぞー」というメモと共に今治のタオルをくれた方だ。階段で合うこともたまにある。僕と同じ年か少し上の短髪でミリタリージャケットを来た謎の女だった。多分女というのは体型がガッチリしていてミリタリージャケットを着ているけれど、声の甲高さと最初の字の感じが女性だったからだ。この人が一番よく階段で会う。挨拶もする。
それと4階のもう一部屋も多分、女性だ。多分というのは眼鏡をかけていて前髪は長く、その長い前髪が精神的なバリアというか、そうやって外界と内面との間に防壁を築き、精神の均衡を保っている、みたいな小柄な人間なのでわかりづらいのだけど、多分サイズ的に考えると女性だ、ということ。挨拶をすると小声で不鮮明な呪詛をぶつぶつと投げ掛けてくるのでやや怖い。

 

そして僕の隣の302号室の住人。この方に一度も出会ったことがない。僕はもう三年も住んでいるのに。三年の間に誰か引っ越してきた訳じゃない。じゃあ誰も住んでないんじゃないの?と思われるかもしれないけれど、僕も最初はそう思っていたけど、宅配便の兄ちゃんが隣をよく訪ねてくるので住んではいる。引っ越しの挨拶をしようと思って三度インターホンを鳴らしたが、三度とも不在なので諦めて、住みはじめて一ヶ月くらい経った時、宅配便の兄ちゃんが隣に来て、どうやら受けとったような応接の物音が聞こえたんで、あ、引っ越しの挨拶しよ、と思い、すぐにインターホンを鳴らすも鹿十されるという、精神の図太い人だ。男か女かもわからない。生活音もほぼしない、謎に包まれた方だ。

 


ここまで読んで気づいた方もいるかもしれないが、住人の生活音は聞こえてこないけれど、こうして外の階段での物音はよく聞こえてくるのだ。壁が防音とかそういう訳ではないのだ。だから僕の放恣な生活音が聞こえていない訳がないのだ。
最初は気をつかってギター演奏は23時まで、と自分の中で決めていた。偉い。しかし、ギターなんて弾きたい時に弾くもんであってそれは大抵深夜だ。なのでクレームが入らない事をいいことに、演奏可能時間を2時までOKと設定。それでもクレームが入らないので24時間OKとなったのがもう2年近く前である。あくまで僕の中の話です。

 

 

少し話はそれたけど、そんなずっと謎の存在だった隣の住人に今朝、遂に遭遇。

 

朝、階段をのぼり自宅のドアーを開けようとしたところ、カチャと音がなり302号室のドアーが開いて住人が出てきた。
そこで、僕は心底驚いたのだけれど、なんとそこに立っていたのは402号室に住む前髪バリア人間だったのです!!
え、えーッ!!なんでそこでバリア張ってるの?お前は402でバリア張ってるはずじゃん!前、上から降りてきたじゃんバリア張りながら!なんでウチの横でバリア張ってるの??あ、他人の空似か?俺の勘違いか??


と刹那の間に考え、刹那というのは1/75秒という長さだけど、次の刹那、僕はすかさず他人の空似と決めつけて元気よく挨拶をかますと、何と分厚く張った前髪のバリアの奥のメガネがキラリと光り、そして、ぶつぶつと小声で不鮮明な呪詛をなげかけてきたのだッ…!!


ど、同一人物ゥーッ!?


僕が驚愕していると、さらに驚愕の出来事が起こる。なんと彼女はそのまま階段を上に昇っていった。
は?
するとガチャガチャ、バタンとすぐ上から聞こえてきた。


こ、こいつ2部屋借りてやがるぅぅぅうーッッ!

 

謎は深まるばかりです