鬼電

最近午前中に必ず見知らぬ番号から電話があり、小さい頃に母親から言われた「知らない人にはついていっちゃ駄目ですよ」の教えを固く守ってきた俺は、理論上当然の帰結としてその電話には鹿十を決め込んでいた。


その期間は一ヶ月くらい続いたのだけれど、あまりにも鬼電なので先日出てみると、むにゃむにゃとした要領を得ない語り口で「期限が来たから、ガスの警報器を取り替えたいわ」という旨の電話だった。

なるほど、そうだったのか。早く電話に出なくてごめんねと言うと「いいんですよ、約一万円貰います」と言われ、聞かなかったことにしようと思いその電話をガチャ切り。するとすぐにまた電話がかかってきて、仕方なく僕は、なんか電波悪くて切れちゃいましたあエヘヘみたいな白こい小芝居を打ち、心の中で舌を打ち、日程等を伝え本日に警報器を取り替える予定を組むことで手を打った。

通話を終えると、しばし放心してから味付き和布蕪で鯨飲するなどした。

 


そして今日、ガスの警報器を取り替える予定を組んだのだが、予定では13~15時の間に訪問致しますと言われた。

なので、僕は12時頃に起きて部屋の換気などをしようと思った。
というのも我が家は、最近は季節がら湿気も凄く、ごみ捨てのタイミングを逃し台所に少しゴミもたまり、己から発するおじさん臭が部屋にこもり、さらにエアコンから発せられる独自の臭気がブレンドされることによって人体に有毒なガスが室内に発生し、とても人が住める環境ではないのだ。
それを感知していない時点で警報器はオシャカになっている訳で、一刻も早く取り替えた方が良い。
僕は常日頃鍛練をし、強靭な精神力でもってこの部屋で生活をしているのだけれども、警報器を取り替えにきた素人は上記のガスを吸い込んでしまうだけで死に至る可能性もあり、その為に部屋の換気をしたかった。


といっても、13~15時の間にくると言われた場合、一体何時に来るのだろうか。
二時間もの幅がある。その間は外出することも叶わず、中途で間断され興が殺がれる為に映画をみることも出来ない。
こういった時間の拘束が僕はスッゴく嫌で、元々予定がないからそこで予定を組んだクセに、なにか時間の搾取をされているような気を持ち、うむむと唸ったり、納豆をこねくりまわしたりして時間を潰していると、12時半ころに、また見知らぬ番号から電話がかかってきて「13~14時の間に行こうと思ってるけどYOU在宅?」と確認された。
素晴らしいね、と僕は思った。まず一時間減っている。さらに直前で確認をとることで向こうとしても訪問して留守みたいな時間の無駄も省ける。僕は在宅だよ待ってるよと伝えると、向こうも気を良くして待っててねと言い、前髪をササッと整える音が聞こえた。


13時になった。
来る気配がない。OKOK。13時~14時と言われた場合13時justに来る可能性は低いだろう。何故なら僕にとってはガスの警報器はひとつだけれど、向こうにとっては何世帯も見ないといけない訳で、我が家の前後にも沢山の家を訪問しているのだろう。なので、前の都合とかある訳で13時justに来ることはないだろう。


13時半になった。
来なかった。僕はもう暇を持てあまし、でもいつ来ても大丈夫なくらいの暇潰しくらいしか出来なくて、手のひらのシワであみだクジなどして、夜は麻婆豆腐を食べることに決定した。嫌だった。もっと違うものを作りたかった。


13時59分。
家のチャイムが鳴る。くそ。ホントに13~14時の間に来やがった。14時を越えたら何してけつかんねんなんでんかんねんどやさちょいやっさ!と得意の関西弁でまくし立ててやろうと思っていたのにそれも出来なくなってしまい、とりあえず僕はドアを開けた。


すると小太りの背ィの低い若い男がへこへこしながら立っていて、愛想の良さは皆無なのに好感度は高いみたいな不思議な奴だった。
彼は早速作業に取り掛かると、愚鈍そうな見た目とは裏腹にテキパキと仕事を進め、事前に「5分程で終わりますので」とは言っていたものの作業が終わった時に時計を見るとまだ14時4分で、僕はえらく感心した。
すると彼はなんか愛想の良さは皆無なのに好感度は高いみたいな不思議な喋り方で、現在電気代ってどうしてます?みたいな事を口走った。


どういう事かと言うと、現在我が家は、ガスと電気はそれぞれ払っているけれど、是を東京ガスで一括して払わない?お得だよ?みたいな事だった。


小さい頃に母親から言われた「契約は軽々しくするもんじゃない。地獄を見るよ」との教えを固く守ってきた俺は、その提案を足蹴にすることも出来たけど、話を聞いてみるとどうやらお得かもしれなく、なにより契約の煩雑さが皆無で、男の決して上手くはない口車に乗ってみたいというか、それすらも計算の上での喋り方かもしれないとは思いつつ口車に乗り、あっさり契約。


以上の顛末を、このように冗長な駄文に起こして時計を見ても、15時4分。

なんか得した。得した気分になった。
不思議な喋り方の男だったな。パクりたいな。