あずきバーと僕。

5年くらい前になるでしょうか。丁度夏になる前の日1日と暑くなっていく今みたいな時期のことです。

当時の住居は現在と変わらず東高円寺だったのだけれど、おんぼろのアパートというかもはや廃墟と呼んだ方がしっくりくるというかそんな建物で、果たして人が住んでいるのだろうか?住んでいるのは妖怪の類いなのでは?と誰もが思ってしまう程の寂れた外観でした。
さすが築50年を越す建築物といった感じだったけど、中は綺麗に整えられていて、まあ外観に比べればなんだけど、まあ中は綺麗に整えられていて、僕がそこに住もうと決めたのは、とにかく広く、そして日当たりが良かったからなのです。
そのアパートは4部屋しかなくて僕は二階に住んでいた。自分の部屋に行くには一階にある外扉を鍵で開け、建物内の階段を上り2つある家の中のドアみたいなドアを鍵で開けるという感じだった。
階段の脇に下駄箱みたいな空間があり、2部屋しかないのに3部屋分あり、おそらくこの建物は元々下宿かなんかで、長い歴史と共に改築され、一部屋なくして2部屋にした感が満載で、つまりどういうことかと言うと、壁が薄いのです。

となると、隣の住人の生活音が常に聞こえてしまうのです。まあ、トイレも風呂もそれぞれあるし、顔を合わせることもなく干渉しないのだけれど普通の一軒家に他人が住んでるといった感じなのです。

引っ越してしばらく僕はそれに気付かなかった。なぜなら隣は空室だったので隣に女子大生が引っ越してくるまでそのことに気付かなかったのです。

 

話し声、テレビの音はもちろん、風呂だとかトイレの水回り系、目覚ましのアラームや電子レンジのチンの音まで聞こえてしまう始末。こりゃ大変だ。向こうの音が聞こえてるということは、こちらの音も聞こえてる訳で、生活音に気をつけて暮らすのは僕にとっては大変に苦痛でした。


彼女はよく家に恋人を招いていました。よく喋りよく笑う娘で、ボソボソ声の彼氏はなんて言ってるかはわからないけど彼女はずっと笑っていて、その笑い声はこちらまで楽しい気分になるというか、幸せそうで、僕はうるさいとは全く思わず幸せな気分をお裾分けしてもらっている感じでした。


ある日の深夜、家で映画を見ていたら突然、家の食器がカチャカチャ鳴りはじめて、少し建物が揺れている感じがして、おや地震か?と思ったけど、テレビに戻しても地震速報など出ないしTwitter等でも情報はなく気のせいかな?と思ってやり過ごした事がありました。
それ以降よくそんなことが起こり、これはもしかしたらポルターガイストってやつか?マジかよ?怖いな嫌だな、そうだよな、こんな廃墟に住んでてそういう霊的な現象が起こらない方がおかしいよなと諦めかけていたのですが、原因がわかりました。

 

隣の女子大生がセックスをしていたのです。

 

気づいてみれば、いつも、いつの間にか隣から聞こえる楽しげな声が消えて、しばらくしたら家が揺れはじめるのです。で、しばらくするとまた話し声が聞こえてくるのです。

どんだけおんぼろなんだよ!とは思いましたが、僕はそれ以降、話し声が聞こえなくなったら、CDラジカセで爆音で音楽をかける等の気づかいをするようにしました。本当は向こうが音楽でもかけてくれればいいのだけれど、や、実家かよ。実家の兄貴かよ俺は。まあそれでも家は揺れるのですが。やれやれだぜ。

 


少し日々は過ぎて。ある日の朝、僕が深夜バイトから帰ってきた時の事です。

隣の部屋から泣き声が聞こえてきました。それも、しくしくといった感じではなくて、ぎゃん泣きです。
そういえばこの一週間、それまで毎日の様に来ていた彼氏はとんと姿を表していないようでしたし、昨晩家を出るときも、電話での口論というか怒鳴り声というか、そういったものが聞こえていたなあ。と思い、フラれてしまったのかなあと漠然と疲れた頭で思いました。悲しいことです。

僕は音楽を流して、浴槽にお湯をためて浸かりました。僕は長風呂なので一時間ほど経って湯船をあがると、まだ隣の部屋から泣き声が聞こえてきます。それもしくしくではなくて、たった今泣きはじめましたくらいのぎゃん泣きで、つまり帰ってきた時から何も変わらない状態というか、なんだったらもしかしたら僕が家にいなかっただけで昨晩からずっとぎゃん泣きだった可能性もあるな、と僕は思い、スタミナが凄い!と感嘆しました。


風呂上がりにあずきバーを食べるのが至福だったので、僕はぎゃん泣きをBGMに食べました。そんな感じなのにあずきバーはいつもとかわらず美味しくて僕はとても幸せな気分になり、寝よう。と思いふとんにはいるも、俄然彼女はぎゃん泣きなんで、それをずっと聞いていると凄く悲しい気持ちになってくるというか、彼女の声は人の気持ちを左右させるような響きがあるというか、僕は疲れているのとは別に凄くどんよりとしてしまって、眠たいのにどうしよう寝れない。思考力が著しく低下した頭で考える。どうしたら彼女は泣き止んでくれるだろうか。彼氏が戻ってきてくれて優しく彼女を抱きしめてくれたら一番いいんだろうけど、それはなんか不可能な感じがするし、即効性がない。僕は今寝たい。もう一度彼女の楽しそうな幸せそうな笑い声が聞きたい。そして眠りたい。彼女が幸せな気分になってくれたらいいのに。と考えて、僕は気づくとあずきバーを手に彼女の部屋の扉をノックしていました。本当に純粋な気持ちで彼女に幸せな気分になって欲しいと思って。


泣き声が止み少し長い沈黙の後で

 

「……はい?」


「あの、隣に住んでいる者です」


「…はあ」

 

扉の向こうでこちらに近づいてくる気配があった。内扉にはインターホンなどなく、ましてや除き穴なんてものもありません。ほぼ家の中のドアみたいな感じなので、僕は少し声をはって

 

「あのー、その、なんか、なんていうんですか、そのー、はい。えーっと、その、そうですね、色々あると思いますけど、あずきバー食べませんか?」


「……はい?」


あずきバー食べませんか?」

 

扉越しに息を飲むのがわかった。

 

「あ、いや、全然怪しくないっていうか、怪しくない者っていうか、そのあずきバー好きなんですよ僕。だから元気出るっていうか、ハイ。そのー、いりますか?あずきバー。というか食べましょうあずきバー!」

すると、さっきまでぎゃん泣きしていたのが嘘のように、とても冷静な声で

 

「結構です」

 

と一言。僕は「でしょうね!」と言って部屋に戻りました。
彼女は見知らぬ隣人のおっさんに唐突に部屋をノックされあずきバーを食えと強要されたのが相当な恐怖だったのかピタリと泣くのを止めて静かになり、僕は眠りにつくことが出来ました。

 

目覚めて悟る、大・敗・北!!

 


いや、警察を呼ばれなかっただけ善しとしよう。僕はそう想い自分を慰めた。

 

しかし、しかし僕は思うのです。あずきバーには人を幸せにする力がある!と。

 

なので僕はTwitterで「落ち込んだ人がいるならあずきバーを届けます!」と宣言。過去に二度オファーがあり届けました。

丁度これくらいの季節でしたね。
毎年7月1日はあずきバーの日です。何か落ち込んでいる事がある人いませんか?あずきバー届けにいきますよ。


連絡待ってます。僕のTwitterにDMでどうぞ。