勧誘

僕は在宅時にピンポンが押されても応接することはまずない。
もちろん何か宅配物が届くと分かっている時は例外で、よく確認もせず扉を開けてしまう。


先日、母から「近々、霜降り牛肉がUのお宅に届きますわよー Dog's Ear ー」というLINEが来て僕は大いに喜んだ。
というのも、母はふるさと納税を何箇所かにしていて、その特典である各地の特産品など自分で消費しきれない余剰を、たまに息子である僕に呉れる。有難き。なので宅配する場所を息子の住所に指定し、それが近々僕の自宅に届くのだそうだ。怪盗であるキャッツアイの逆だ。贈答してくれる。逆キャッツアイだ。なのでドッグスイヤーなんだろう。気が利いておる。


そんな経緯から本日の昼間、家のピンポンが鳴った時、ウキウキ顔でドアーを開けてしまった。


そこには、相手に、清潔感があるなと印象づけさせる為だけにあるようなファッションに身を包んだ老人一歩手前というかガッツリ老人だけどズブズブの老人ではない。みたいな60代中頃とおぼしき男と女が立っていた。
僕は霜降り牛肉を貰えると思っていたので、なんだコイツらは?という怪訝そうな表情を隠すことなく、上から下まで舐める様にジトーと睨めつけた。なぜなら彼らは僕の家まで直接霜降り牛肉を届けに来てくれた牛肉の生産者である可能性も、僅かにあるからだ。

それらしき包みを持っているかもしれない。果たして、持ってなかった。ンだよ。

 

男は後藤田と名乗った。名前などどうでもよい。霜降り牛肉を呉れ。
すると後藤田は、名刺様の紙片を差し出してきて、実は私どもはこういう組織に所属していて云々、今、悩めるみなさんにお言葉をお届けしているんですね云々などと宣った。いや、言葉じゃなくて霜降り牛肉をお届けしてくれ。


大体、僕は悩んでない。もし悩みがあるとしても、初対面の後藤田なんかに話さない。
後ろでニヤニヤしている女は何だよ。失礼じゃないか。アバババババなどと唐突に絶叫してそのニヤケ顔を凍てつかせてやろうか。
そんな事を考えていると、後藤田が今何か不安に思っていることや悩んでいることはないですか?などと執拗に尋ねてきた。


だっかーらあッ!!もしあったとしても初対面の後藤田なんかにそんなことを言う義理はないッ!!

まあ、強いて悩みがあるとすれば、将来に対する漠然とした不安、日々迫りくる謎の焦燥、金銭的圧迫感、時間の無下な浪費が抑えられない、健康、済んでいない過去の贖罪、人類の根元的な自然への冒涜、有限なる地球への思慮、政治的不安、高齢化する日本社会、国際社会との摩擦、エネルギー問題、知識の爆発と暴発くらいしか思いつかず、その旨を後藤田に伝えると、うんうんとただこちらの話を聞き、うしろの女もさっきまでニヤニヤ笑っていたのに今はニタニタと嗤い、なんだか厭な感じだった。

すると後藤田は先程渡してきた名刺様の紙片を裏返してみろ、と言い、従うと、そこには根本的にあなたを救う言葉が書いてあると言い、ササと目を走らせると愚にもつかない戯言、児戯の如し手前勝手な文言、立身出世のみを至高と考える宦官の如き侫言が書き連ねてあり、辟易。大層に辟易プギャー。

あ、そうゥ…。と急速に興味をなくした此方に気付いたのか、後藤田は名刺様の紙片を指差し、そこにQRコードも載ってるから続きはwebでネ!と言い残し去っていった。後ろの女は最後まで此方から視線を切らなかった。一流のアサシンかよ。そんなスキルを持った女だった。精神の薄汚れた老女かと思っていたが、あの顔面は周到に造られたmaskかもしれない。

 


ドアーが閉まり、なんだったんだ今のは。キンモーである。不毛な時間を後藤田と一流のアサシンのスキルを持った女と過ごしてしまった。


まあ、僕も伊達に34年生きてない。今のが何だったかはわかる。牛肉の生産者だ。霜降り牛肉は呉れなかった。残念な事です。


しかし、何かしらの組織というか会合に勧誘するにしても何という体たらくなのだ彼奴等は。まるでなってない。鳴ってない。ダメダメである。

そもそも、平日の昼間に働きもせず家にいるような若者はロクデナシである。相手にしない方が良い。そんな人間を勧誘して果たして組織に有益だろうか?
ま、ま、ま、そんな相手の年齢だとかは気にせず虱潰しに家を訪問しているのであろう。きっと若者はターゲットではないのだ。
平日の昼間、独り住まいのマンションを巡る思惑、それはやはり老人だろう。

独り寂しく生活している老人を組織に引き込み金銭をうまうましようとしているのだろう。しかし。
それにしても差し出してきた名刺様の紙片にはQRコードが記載されていて、こんなものは老人には理解できない。理解できても厄介、面倒が先に立ち、到底QRコードから組織に興味を持つなどには繋がらないだろう。
後藤田は彼奴の組織の広報部であることは間違いないが、完全にプロモーションに失敗しているのである。

本来的には作業の簡略化が見込まれるQRコードではあるが、その目的がここでは達成できない。では、なぜそんなもの設えてしまったかというと、我が組織は先進的である。モッダーンである。未来に明るい。つまり後ろ暗い如何わしい組織ではない、とアッピールしているのである。
そして、若干、若者も引き込みたいという願望もあろう。

ハッキリいってこんなものは共産主義的発想というか、左翼の専売特許、常套手段である。彼奴等の組織がどういった組織かは全く分からないし興味もないが、もし僕ならQRコードをわざわざ作ったのなら、それ以外には何の説明もなくシールにしてドアーに貼りまくる。公衆のトイレとか。その方が宣伝になる。閲覧も増えそうだし、牽いては組織への興味、勧誘に繋がりそうなものだ。しかし、この手法だって使い古されたものだ。


とにもかくにも、平日の昼間に在宅している塵芥が如し若者なんぞ勧誘する価値もナシ。なぜそんな事に気付かなかったのか。つまり彼奴等はドアーが開いた瞬間、失礼しやっしたーといって離れるべきだったのだ。馬鹿が。全くナゲカワシイネッ!!


【ダイエット6日め】

体重…77.5㎏ 前日から-0.3㎏
体脂肪率…25.5% 変動ナシ


動きは見られず。霜降り牛肉楽しみデス